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戦艦フィリブス・ウニティス   
         
         
   
         
 現在は海に面していないオーストリア共和国ですが第一次世界大戦以前のオーストリア・ハンガリー帝国時代にその勢力範囲はアドリア海にまで達していました、故にオーストリア・ハンガリー帝国は海軍力を有する国家でした、1907年~1910年にかけてオーストリアは口径30.5cm主砲4門と口径24cm副砲8門装備した準ド級戦艦であるラデツキー級戦艦3隻を就役させ更に4隻もの準ド級戦艦の建造計画を立案させます、しかしアドリア海を挟んでオーストリアと対じするイタリアが口径30.5cm主砲12門装備したド級戦艦「ダンテアリギエーリ」を就役させる事によりオーストリアは準ド級戦艦からド級戦艦への計画を変更する事となります、それにより建造されたのが口径30.5cm砲12門装備したド級戦艦デゲフト級の戦艦「デゲフト」、「フィリブス・ウニティス」、「プリンツオイゲン」、「セント・イシュトバーン」 の4隻です。  

 
         
 戦艦フィリブス・ウニティスの規模、機関、装甲  
         
   
  フィリブス・ウニティスの全長は152,2m、最大幅が27.3m、基準排水量は19700tで全体的に全長の割に横幅が長いドッシリとした船体でした。  
   
  フィリブス・ウニティスの推進機関は12基の重油、石炭の混焼ボイラーで低速、高速の2基1組によるタービン機関2組を発動させて4枚のスクリューを回し最大出力27000hp、最大速力20.3ノットまで発揮できます、走行性能はまずまずと言ったところでしょう。  
   
 装甲の厚さは絃側の水線部で最大280mm、甲板部で36mm、主砲塔全面200mm~280mm、船体内部機関室側面25mmです、絃側の水線部最大280mmの装甲は1番砲塔から4番砲塔までの弾薬庫を全て覆うかたちで張られており当時としては多少薄い装甲ではありましたが全体的に急所の少ない船体でした。   

 
         
主砲45口径30.5cm三連装砲   
         
 
(艦首45口径30.5cm三連装砲塔2基)   (艦尾45口径30.5cm三連装砲塔2基)   
         
 フィリブス・ウニティスの主砲は45口径30.5cm砲で450kgの徹甲弾を最大射程で20000m飛ばす事ができました、その45口径30.5cm砲を三連装砲塔に収め背負い式砲塔配置で艦首甲板上と艦尾甲板上に2基づつ計4基12門を配備しています。さてこの45口径30.5cm砲は国産で当時オーストリア領であったチェコスロバキアの企業「シュコダ社」が製造した物です、このシュコダ社は優れた重工業技術を有する企業で第二次世界大戦まで戦車、大砲、飛行機などさまざまな兵器製造をうけおっていました、当時オーストリアの工業技術はかなり高いのもがあり戦艦フィリブス・ウニティスの船体、機関、大砲の略全てを国産製造できたのです。
 しかしこの45口径30.5cm砲は世界に先がけて3連装砲塔に収め背負い式砲塔配置として船体のコンパクト化に成功したのですが一点大きな問題があり砲塔1基に無理無理30.5cm砲3門も収めたので弾薬を砲身まで運ぶ揚弾機が砲塔1基に対して2基までしか収まらず(通常は砲1門に対して揚弾機1基)実質的に連装砲塔の役割しか果たせませんでした(三連装砲塔にした意味が無い)。
 
   
 (左舷側に向けられた45口径30.5cm砲12門)  

 
         
 フィリブス・ウニティスの備砲  
         
   
(左舷側の50口径15.2cm砲12門)   
         
 副砲は50口径15.2cm砲で両舷側船体側面に6門づつの計12門を放射状に配備、最大射程は15000mで一門あたり毎分6発の速射が可能でした。   
 
(艦首2番砲塔上の50口径6.6cm砲2門)  (左舷甲板上の50口径6.6cm砲7門)   
         
 更に対水雷艇用に50口径6.6cm砲を左舷と右舷の甲板上に7門づつ、2番、3番砲塔上に2門づつの計18門が装備されています。   

 
         
戦艦フィリブス・ウニティスの艦歴   
         
 1912年5月、戦艦フィリブス・ウニティスが就役します、当初デゲトフ級戦艦の一番艦であり戦艦デゲトフと命名するはずでしたが皇帝フランツ・ヨーゼフの強い意向でフィリブス・ウニティス「みんなで力を合わせての意味」に変更され2番艦をデゲトフとしました、多民族国家であったオーストリア・ハンガリー帝国の切実な思いが込められていたのでしょう。
 フィリブス・ウニティスの就役後、同型艦のデゲトフ、プリンツオイゲン、セント・イシュトバーンが次々就役します、しかし残念な事に就役したデゲトフ級4隻ですが第一次世界大戦ではイギリス、イタリア艦隊によりオトラント海峡(イタリアとギリシア間の海峡、アドリア海の出入り口)を封鎖され身動きがとれず軍港に留まり活躍の場がほとんどありませんでした、そうこうしているうちにオーストリア・ハンガリー帝国が降伏、降伏の直前にフィリブス・ウニティスは新たに成立した中立国ユーゴスラビアに引き渡されましたが連合国側のイタリア軍により吸着機雷を鑑底に仕掛けられ爆発、横転、沈没しています、2番艦のデゲフトはイタリアへ3番艦のプリンツ・オイゲンはフランスへと大戦後にに引き渡され解体及び標的艦として沈められました、4番艦のセント・イシュトバーンですが戦況が行き詰ってきた1918年6月にオトラント海峡封鎖の強行突破を図りますがイタリアの魚雷艇に魚雷攻撃を受けて撃沈されています。 
 
   
(吸着機雷を仕掛けられ横転撃沈するフィリブス・ウニティス)   

 
         
 戦艦フィリブス・ウニティス  
         
 基準排水量  19689t  兵装  
 全長  152.2m  45口径30.5cm三連装砲塔  4基12門
 最大幅  27,3m  50口径15.2cm砲  12門
     50口径6.6cm砲  18門
 機関  石炭、重油混焼ボイラー12基、高速、低速タービン2組、4軸推進  53.3cm水中魚雷発射管  4基
 最大出力  27000hp    
 最大速力  20.3ノット  1910年7月起工  
     1911年6月進水  
 装甲厚    1912年10月竣工  
 絃側水線部  280mm~110mm  1918年10月沈没  
 甲板部  36mm    
 機関室側面隔壁  25mm    
 主砲塔全面  280mm~200mm    
 
         
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