(現存する墳丘)
築造年代 4世紀~7世紀
谷本川流域の台地上に並ぶ稲荷前古墳群は大凡4世紀~7世紀にかけて造られた古墳群で当時その在所である「相模国都筑群」はヤマト王権と関係した一首長により統治されています、稲荷前古墳群は都筑群を制した首長氏族の古墳群です、古墳群の築造が始まった4世紀中頃には既にヤマト王権は相模国までその勢力を伸ばし云わば都筑群は中央政権の植民地でありました、後期弥生人、蝦夷人、倭人の割拠する中でその首長一族は古墳を構築しながら開拓を進めていたのでしょう、当時関東はまだ倭人の居住するヤマト王権と関係した植民地的地域は限定され大半は弥生人、蝦夷人達の生活圏でした。
稲荷前17号墳
17号墳は稲荷前古墳群の南端に位置する墳丘です、方墳であり規模などは不明ですが一辺が大凡15m程有りそうです、築造期は4世紀代です。
稲荷前16号墳
15号墳の南東側に前方後円墳である16号墳が造られています、全長38m、後方部幅15m、前方部幅14m、で周囲は幅1.2mの周溝が囲っています、形状は他の前方後方墳とは異なり後方部に造出を繋げたものでは無く2基の方墳を方形状の「くびれ部」により連結した形に成っています、築造年代は4世紀後半です。
(くびれ部と前方部)
稲荷前15号墳
稲荷前16号墳の北隣には一辺12mの方墳である15号墳が隣接しています、築造年代は4世紀代で南側の堀は16号墳の北側の堀を利用しています。
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