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20世紀の始めに南米はブラジル、アルゼンチン、チリの三カ国で建艦競争が激化していました、その関係上ブラジル海軍は弩級戦艦ミナス、ジェライス級の2隻をイギリスのアームストロング社に発注し更にリオデジャネイロ級弩級戦艦を同アームストロング社に発注します、しかし時代は口径34cm以の上主砲を装備した超弩級戦艦の時代でありブラジル海軍は戦艦リオデジャネイロを売却して超弩級戦艦の建造を計画します、その結果リオデジャネイロは戦艦スルタン、オスマン1世と名前が変更されオスマントルコ帝国海軍が買い取る事となります、しかし第一次大戦が勃発すると当時スルタン、オスマン1世の建造を行っていたイギリスはオスマントルコへの引き渡しを却下、エジンコートと艦名を変更して接収してしまいました、先の戦艦レシャディエイの一件と合わせてトルコ国民はイギリスに対して激怒、オスマントルコ帝国はドイツ側として一次大戦に参戦する事となりました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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戦艦エジンコートの規模、装甲、機関 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エジンコートの規模は基準排水量27500t、全長204m、最大幅、27,1mで就役当時はイギリス海軍最大規模の超弩級戦艦アイアンデュークを上回る大きさでした。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
装甲の厚さは絃側水線部で225mm、甲板部で64mm、主砲塔全面が305mmと比較的薄い装甲でした。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
機関は22基の石炭、重油混焼ボイラーに2基のタービンで4軸のスクリューを回転させます、最大出力34000hp、最高速力22ノットと戦艦としては高速でした、薄い装甲に高速なスピードと戦艦エジンコートは巡洋戦艦的要素があります。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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主砲45口径30.5cm砲 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(艦首45口径30.5cm連装砲塔2基) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エジンコートの注目すべき点はこの主砲、45口径30.5cm砲を連装砲塔に収め7基搭載しています、それにより30.5cm砲を14門搭載する事になりこの数は弩級戦艦としては最多で謂わば世界最強の弩級戦艦となります。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(艦中央の45口径30.5cm連装砲塔2基) | (艦尾の45口径30.5cm連装砲塔3基) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この連装砲塔を船体の甲板中央線上に艦首に背負い式で2基、中央部に2基、艦尾に3基(中央の砲塔のみ背負い式)搭載、両舷側面攻撃に対しては14門もの主砲がむけられます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(右舷側に向けられた14門もの45口径30.5cm砲) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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副砲50口径15,2cm砲 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
スルタン、オスマン1世 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(右舷側の50口径15.2cm砲10門) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
副砲は50口径15.2cm砲、此れを砲郭に収め両舷の船体側面と艦上構造物側面に10門づつの計20門搭載しています、その副砲の数も世界最多でした。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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戦艦エジンコートの艦歴 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
戦艦エジンコートは当初「戦艦リオデジャネイロ」としてブラジル海軍がアルゼンチン海軍の弩級戦艦に対抗すべくイギリスのアームストロング社に発注した艦でした、しかしイギリス海軍が口径34.3cm砲を搭載した超弩級戦艦オライオンを完成させた事により世界は大鑑巨砲主義の時代へ突入、ブラジル海軍は弩級戦艦から超弩級戦艦へと計画を変更して建造途中のリオデジャネイロをオスマントルコ帝国に売却します、売却されたリオデジャネイロは戦艦スルタン、オスマン1世と艦名が変更されます、しかし第一次大戦勃発後の1914年8月、イギリスのウインストン、チャーチルの命によりスルタン、オスマン1世の引き渡しが却下となりイギリス海軍に接収される事となりました、スルタン、オスマン1世は完成まじかでオスマントルコ海軍の士官が乗船していましたが銃を突き付けられ艦から降ろされたと言います。 イギリス海軍に接収されたスルタン、オスマン1世は戦艦エジンコートと更に艦名を変更、第一次大戦ではユトランド沖海戦に参加しています、ユトランド沖海戦でエジンコートは144発もの主砲弾を発砲するも1発も命中弾がありませんでした、これは14門もの30.5cm砲を搭載していたので射撃制御装置が必要でしたがその開発ができずに制御装置の搭載を見送った為です、また14門の主砲を一斉射撃した際に船体の安定性が損なわれる事が懸念されていましたがその点は問題は無かったそうです。 ユトランド沖海戦後エジンコートは略ドック入りの状態で出撃のきかいは有りませんでした、大戦後のワシントン条約により廃艦が決まり1922年に解体されています。 |
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戦艦エジンコート | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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