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須磨型防護巡洋艦、「須磨」、「明石」は日清戦争へ向けて横須賀海軍工廠で建造されます、須磨型防護巡洋艦は日本で最初に建造された防護巡洋艦の「秋津洲」を小型改良した船体でした、両艦とも日清戦争までに完成は間に合いませんでしたが日露戦争においては黄海海戦、日本海海戦で活躍を見せています。 |
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防護巡洋艦須磨の規模、機関、装甲 |
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須磨の全長は93.5m、最大幅は12.2、基準排水量は2.657mで巡洋艦としては小ぶりでホッソリとした船体でした。 |
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推進機関は8基の石炭専焼ボイラーで2基の三気筒三段膨張式往復機関を発動させ2基のスクリューを回転させます、それにより最大出力8500hp、最大速力20ノットを発揮させます、先に就役した防護巡洋艦「吉野」に至らないにせよ、なかなかの高速性です。 |
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装甲の厚さは甲板水平部で25mmと防護巡洋艦の特徴である甲板傾斜装甲(防護甲板)厚さ51mmが機関室、弾薬を覆いかぶせるかたちで施されています。 |
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防護巡洋艦について |
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(防護巡洋艦船体断面) |
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19世紀後半から20世紀初めに各国でよく建造された防護巡洋艦ですが装甲巡洋艦と異なる点はその防御です、防護巡洋艦の船体側面には装甲が施されて無く船体内部に傾斜装甲(防護甲板)がありこれで着弾した砲弾を食い止める仕組みになっているのです、要するに飛来した敵弾は一旦船体側面または甲板部を貫通、そして内部の傾斜装甲でそれを食い止めその内側の機関室、弾薬庫を守る仕組みです(傾斜装甲は戦艦にも良く使われている)、この防護巡洋艦は船体重量を軽量化できた上に艦の安定性も良い事から一時期各国で競って建造されていましたが実戦では船体側面を砲弾でボコボコに撃ち抜かれ航行不能、戦闘不能となるケースが多発し次第に建造されなくなりました。 |
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また船体内部の傾斜装甲(防護甲板)は斜めに張られている為に真横、真上からの砲弾の直撃に対して垂直に張られた装甲より強度は高くなります、例えば垂直の状態で張られた10cmの厚さの装甲を斜め45度に傾けた場合に真横から見るとその厚さは15cmとなります、この様に装甲を斜めに張る事でその強度は垂直に張られた状態の1.5倍の強度となるのです。 |
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主砲40口径15.2cm砲 |
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(艦首40口径15.2cm砲) |
(艦首40口径15.2cm砲) |
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須磨の主砲は秋津洲と同等の40口径15.2cm砲を採用しています、最大射程が9140m、毎分最大7発の発射が可能です、この40口径15.2 砲は清国北洋艦隊旗艦「定遠」(7144t級戦艦)の主砲25口径30.5cm砲の射程距離を上回るものです。その40口径15.2cm砲を砲郭に収め、艦首と艦尾の甲板艦中央線上に1基づつ計2門配備されていました。 |
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(右舷側に向けられた40口径15.2cm砲2門) |
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40口径12cm砲 |
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(右舷側の40口径12cm砲) |
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副砲もベースとなった秋津洲と同じ40口径12cm砲です、これも砲郭に収め両弦側甲板上に3門づつ計6門を配備しています。 |
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4.7cm砲 |
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(4.7cm砲) |
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更に対水雷艇用に4.7cm砲を両弦甲板上、艦上構造物上、船体側面に計1門装備されていました。 |
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防護巡洋艦須磨の艦歴 |
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防護巡洋艦須磨は1892年横須賀海軍工廠で起工され1896年に竣工されました、就役した後に三等巡洋艦に分類され1900年6月には北清事変で大沽へ出動しています。日露戦争においては第三艦隊所属の第六戦隊の艦隊旗艦となり黄海海戦、日本海海戦、樺太作戦に加わっています、一次大戦で須磨は二等巡洋艦に格上げされシンガポール、インド洋などで作戦行動に従事しました。一次大戦終結後、須磨は二等海防艦に分類され1923年には除籍となり1928年に老朽化の為、除籍となりました。 |
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防護巡洋艦須磨 |
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基準排水量 |
2657t |
兵装 |
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全長 |
93.5m |
40口径15,2cm砲 |
2門 |
最大幅 |
12.2m |
40口径12cm砲 |
6門 |
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4.7cm砲 |
12門 |
機関 |
石炭専焼缶8基、三段膨張式三気筒レシプロ機関2基、2軸推進 |
45.7cm水上魚雷発射管 |
2基 |
最大出力 |
8500hp |
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最大速力 |
20ノット |
起工1892年8月 |
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進水1895年3月 |
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装甲厚 |
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就役1896年12月 |
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甲板水平装甲 |
25mm |
除籍1923年4月 |
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甲板傾斜装甲 |
51mm |
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